東京地方裁判所 平成3年(ワ)17251号 判決 1992年10月26日
主文
一 被告ネクストフォーラム及び被告奈蔵は、原告に対し、連帯して金七〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告ネクストフォーラムの反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一ないし第三事件を通じ、被告ネクストフォーラム及び被告奈蔵の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 請求
(第一事件)
被告ネクストフォーラムは、原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第二事件)
原告は、被告ネクストフォーラムに対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(第三事件)
被告奈蔵は、原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
第一事件及び第三事件は、原告が、被告ネクストフォーラムから代金九〇〇〇万円で被告ネクストフォーラムの経営していた学習塾「秀学ゼミ」(秀学ゼミ)の営業譲渡を受ける旨の契約(本件契約)を締結して譲渡代金の内金七〇〇〇万円を支払つたが、これは、被告ネクストフォーラムの代表者である被告奈蔵が右営業を原告に承継させる意思がなかつたにもかかわらず、その意思があるかのように表示して原告から七〇〇〇万円を詐取したものであると主張して、被告ネクストフォーラム(第一事件)及び被告奈蔵(第三事件)に対し、詐欺による不法行為を理由に、それぞれ七〇〇〇万円の損害の賠償を請求した事案であり、第二事件は、被告ネクストフォーラムが、原告に対し、本件契約に基づき、残代金二〇〇〇万円の支払を請求した事案である。
二 争いのない事実
1 原告は、平成三年八月三〇日、被告ネクストフォーラムとの間で、代金を九〇〇〇万円として、被告ネクストフォーラムから秀学ゼミの営業を譲り受ける旨の本件契約を締結した。
本件契約は、原告は右同日に被告ネクストフォーラムに対して内金七〇〇〇万円を支払うこと、被告ネクストフォーラムは右同日から一週間以内に秀学ゼミの各教室の賃貸人から貸借権譲渡の承諾書を取得するとともにその他の営業承継に必要な諸手続を完了すること、原告は被告ネクストフォーラムによる右諸手続が完了して秀学ゼミの授業を継続できることを確認し、同年九月一七日に残代金二〇〇〇万円を支払うとの内容であつた。
2 原告は、平成三年八月三〇日、被告ネクストフォーラムに対し、本件契約代金の内金七〇〇〇万円を支払つた。
3 原告は、被告ネクストフォーラムの代理人である古閑孝弁護士に対し、平成三年九月二八日、詐欺を理由として本件契約を取り消す旨の意思表示をした。
三 主張
1 第一・第三事件(原告の主張)
被告ネクストフォーラムの代表者である被告奈蔵は、当初から原告に秀学ゼミの営業を承継させる意思はなかつたにもかかわらず、原告に対し、「貸借権や保証金の承継については各教室の賃貸人から承諾を得ているので心配ない。契約後に譲渡承諾書を持つてくる。」などと述べて、その意思があるかのように装つて原告を欺き、その旨誤信させた上、平成三年八月三〇日、本件契約を締結させ、譲渡代金の内金の名目で七〇〇〇万円を詐取した。
よつて、原告は、被告らに対し、右詐欺による不法行為に基づく損害賠償として、連帯して七〇〇〇万円及び不法行為の日である平成三年八月三〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
2 第二事件(被告ネクストフォーラムの主張)
被告ネクストフォーラムは、本件契約上、残代金二〇〇〇万円の支払を受ける条件であつた<1>教室等の引渡し及び営業用の動産並びに営業用帳簿等の引渡し、<2>講師との講師契約、<3>リース契約の当事者の地位の移転、<4>保証金返還請求権の譲渡の各義務を全て履行した。
よつて、被告ネクストフォーラムは、原告に対し、本件契約に基づき二〇〇〇万円の支払及び履行期の後である平成三年九月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 主たる争点
本件契約は、被告ネクストフォーラムの代表者である被告奈蔵の詐欺によるものか否か。
第三 裁判所の判断
一 右争いがない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 被告奈蔵は、昭和六三年一一月ころから、被告ネクストフォーラムにおいて秀学ゼミの経営を開始した。しかし、秀学ゼミは約一年後には経営不振に陥り、平成二年ころにはおよそ二億円の赤字を出し、銀行から融資を受けたり、生徒の授業料をローン会社を通じて前取りするなどして資金を調達して再建を図ろうとしたが、うまくいかず、平成三年八月ころには融資額がおよそ四億円になつていた。
そこで、被告奈蔵は、平成三年三月ころから秀学ゼミの譲渡先を探し始め、同年七月ころ、合同抵当証券株式会社の宮崎貞夫から譲渡先として原告の名前を紹介された。一方、原告は、平成三年八月初めころ、宮崎から、被告ネクストフォーラムが秀学ゼミという塾を経営しているが、その塾を譲り受けないかという話を持ちかけられた。
2 原告代表者の永田靖秀は、そのころ、被告奈蔵と会い、秀学ゼミの譲渡について話合いを行つた。被告奈蔵は、その際、永田に対し、秀学ゼミの入学案内のパンフレット等を示して秀学ゼミの生徒数、校舎数等の説明を行い、原告に秀学ゼミを現状のまま継承してもらいたい旨依頼した。永田は、その後数回にわたり、被告ネクストフォーラムの従業員らと会い、被告ネクストフォーラムが秀学ゼミの各教室等として使用するために賃借していた建物(本校(千代田区外神田)、横浜校、町田校、仙台校及び八王子校、以下「本件建物」という。)について賃貸人に差し入れてある保証金の入金状況等について説明を受け、また、本件建物の賃借権の承継手続は被告奈蔵が責任をもつて行うとの説明も受けた。右保証金の額は、償却分などを差し引いて約八五〇〇万円であつた。
そこで、永田は、本件建物の賃借権及びその各保証金返還請求権を譲り受けて秀学ゼミを現状のまま承継することを決めた。そして、原告は、平成三年八月三〇日、被告ネクストフォーラムとの間で、譲渡代金は九〇〇〇万円とし、右同日に内金七〇〇〇万円を支払うこと、被告ネクストフォーラムは、原告に対し、秀学ゼミの教室や営業用動産等を引き渡し、また、講師との講師契約等の雇用者たる地位を移転するなどして、原告が秀学ゼミの営業を継続するのに必要な諸手続きを完了しなければならないこと、その上で、原告は、同年九月一七日に残金二〇〇〇万円を支払うこととして、営業譲渡契約(本件契約)を締結した。原告は、その際、被告ネクストフォーラムに対し、右内金七〇〇〇万円を支払つた。
被告奈蔵は、このとき、永田に対し、本件契約に従つて秀学ゼミの営業承継に関する諸手続を完了することを約束するとともに、各教室の賃借権譲渡については、各賃貸人はいずれも賃借権譲渡に承諾しているから一週間後には承諾書を持参する旨を約束した。そして、原告は、被告ネクストフォーラムから、各教室の賃貸借契約書や鍵、関係書類等の引渡しを受け、その引渡しについての確認一覧表が作成された。ただし、教室の鍵、八王子校の賃貸借契約書及び保証金預り書等が欠けていたため、被告ネクストフォーラムは、これらについて、後日引き渡すことなどを約束する確認書を別途作成した。
3 ところが、被告ネクストフォーラムは、同年九月五日に不渡りを出した。永田は、そのころ、このことを知り、被告奈蔵に連絡を取ろうとしたが、連絡がつかなかつたところ、被告奈蔵から委任を受けたとする古閑弁護士から、被告奈蔵は体調が悪いので連絡は同弁護士宛てに行うようにとの連絡があつた。
そこで、不審に思つた永田は、同年九月九日ころ、原告従業員を各教室の賃貸人のところへ赴かせ、賃借権譲渡について確認させたところ、八王子校の賃貸人を除いた全ての賃貸人が賃借権譲渡についての話は何も聞いていないと言い、さらに、本校の賃貸人は、被告ネクストフォーラムは賃料を三か月滞納しており保証金の譲渡などは問題外であり、賃貸借契約は解除するなどと述べた。
そのとき、本校の賃貸人に会いに行つた原告従業員は、同所で被告奈蔵と偶然に顔を合わせたので、同人に対し、不渡りのことなどについて事情を説明するために右当日原告会社へ来てほしいと要請した。被告奈蔵は、これを了解した旨述べた。ところが、被告奈蔵は、約束した時間には原告会社に現われず、オートバイ便(バイク宅配)によつて、同月八日付け及び同月九日付けの手紙を原告に送付してきた。右手紙には、秀学ゼミ経営が行き詰まつて不渡りを出すに至つた経緯が記載され、原告に対して秀学ゼミの営業譲渡ができて感謝している等述べてあつた。
その後、被告奈蔵は、失踪した。
4 永田は、被告ネクストフォーラムの当時の従業員であつた伊藤らに詳しい事情を尋ねたところ、被告奈蔵の指示で本件契約締結後である同月四日ころから六日ころに被告ネクストフォーラムの従業員が横浜校、仙台校、本校の各賃貸人に賃借権譲渡について連絡をしたが、各賃貸人から、「譲渡の話は事前に被告奈蔵から何らの話も聞いておらず、被告奈蔵からの直接の連絡があつてしかるべきである。」などという答えが返つてきて、賃貸人から賃借権譲渡の承諾を得る手続はほとんど行われていないのに等しかつたという実情が判明した。
その上、被告ネクストフォーラムの社会保険料等合計六四六万七七六八円の未払のため、同年九月一二日、本校(株式会社松田商会)、八王子校(橋完織物株式会社)及び横浜校(三天運送株式会社)の各保証金が神田社会保険事務所によつて差し押さえられ、さらに、被告ネクストフォーラムが、本校及び横浜校の各保証金を、同月一三日付けで文元寛一に債権譲渡していたことも判明した。
5 ところが、被告ネクストフォーラムの代理人古閑弁護士は、同月二六日、原告に対し、被告ネクストフォーラムは本件契約の義務を全て履行したとして残代金二〇〇〇万円の支払いを求める催告をしてきた。
そこで、原告は、同月二七日付けの内容証明郵便において、被告ネクストフォーラム及び被告奈蔵に対し、本件契約を詐欺を理由に取り消す旨の通知を行い、右通知は、被告ネクストフォーラムの代理人古閑弁護士に対しては同月二八日に、被告奈蔵に対しては同月三〇日に、それぞれ到達した。
二 以上によれば、本件契約は本件建物の賃借権譲渡の承諾の手続等が順調に行われて原告が秀学ゼミの運営を継続することが可能となることを前提として行われたにもかかわらず、被告ネクストフォーラムの代表取締役である被告奈蔵は、秀学ゼミの経営の承継には不可欠である本件建物の賃借権譲渡の手続をほとんど行わないまま、原告に対し、前記のとおり、既に各賃貸人の承諾は得られておりその承諾書もすぐに持参できるかのように述べて、原告をして、本件建物の賃借権を承継することには何らの問題もなく、したがつて秀学ゼミの運営承継も順調に始められるものと誤信させて、本件契約を締結させ、譲渡代金の内金の名目で七〇〇〇万円を交付させたものというべきである。
そうすると、被告らは、原告に対し、詐欺による不法行為責任を負い、連帯して原告の被つた損害を賠償する義務がある。そして、原告には、少なくとも本件契約の締結に際して支払つた七〇〇〇万円相当の損害があるというべきである。
三 もつとも、被告奈蔵は、本校以外の各校の賃貸人からは事前に承諾を得ており、本校は永田自身が交渉するから被告側からは交渉しないようにとの依頼をされていたのであり、本件建物の賃借権の承諾書が作成できなかつたのは原告が署名捺印をしなかつたからである旨の供述をする。しかしながら、他にこれを裏付けるに足りる証拠はなく、反対趣旨の証拠に照らし、右供述を採用することはできない。
また、原告が被告ネクストフォーラムの代理人古閑弁護士に対し、平成三年九月二八日、詐欺を理由として本件契約を取り消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
四 以上によれば、原告の被告らに対する第一事件本訴請求及び第三事件請求は理由があるからこれを認容し、被告ネクストフォーラムの第二事件反訴請求は、本件契約が右のとおり詐欺により取り消された以上理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎公男 裁判官 井上哲男 裁判官 河合覚子)
《当事者》
第一事件本訴原告(第二事件反訴被告・第三事件原告) 株式会社国際総合研究所(判決文中「原告」)
右代表者代表取締役 永田靖秀
右訴訟代理人弁護士 伊東正勝 同 山崎和代
第一事件本訴被告(第二事件反訴原告) ネクストフォーラム株式会社 (判決文中「被告ネクストフォーラム」)
右代表者代表取締役 奈蔵理之
第三事件被告 奈蔵理之 (判決文中「被告奈蔵」)
右両名訴訟代理人弁護士 古閑 孝